「教会が6歳の少年を連れ去り返還拒否」の超ド級スキャンダル描く『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』鑑賞前ザックリ予習
「誘拐ダメ絶対! でも…」の複雑怪奇な理由
スティーヴン・スピルバーグ監督が映像化を希望したものの断念したという原作を、イタリアの名匠マルコ・ベロッキオ監督が映画化した本作。自身もユダヤ系であるスピルバーグにしてみれば、真正面から<カトリックVSユダヤ>を描くことは、とくにアメリカ社会に与えるリスクが大きすぎると考えたのかもしれない。そう推察すれば私たちにも、この“事件”の重大さ、背景の複雑さが理解できなくはない。
『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』©︎IBC MOVIE / KAVAC FILM / AD VITAM PRODUCTION / MATCH FACTORY PRODUCTIONS (2023)
本作はモルターラ家の悲しみと抵抗を描く序盤から、意外なほど淡々とした法廷劇によって徐々に実情が明らかになる中盤を経て10年後、“立派な教徒”となった青年エドガルドを映し出す。同時に、ピウス9世を権力に固執するコッテリ居丈高な人物として描くことで信仰の歪み(ひずみ)も印象づけ、わかりやすく“因果応報”的な描写すらある。そして国家統一の気運が高まっていたこともあり、やがてこの騒動は教皇領のイタリア併合へとつながっていく――。
『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』©︎IBC MOVIE / KAVAC FILM / AD VITAM PRODUCTION / MATCH FACTORY PRODUCTIONS (2023)
当時の権力・司法構造や宗教テーマなど、とくに日本の観客は少なくないハードルを実感するはずだ。それでも物々しい音楽や演劇的な演出でダレさせず、純粋に実話もののサスペンス劇として仕上がっているので、過剰に構える必要はない。むしろ注意すべきなのは、本作を観る前から抱くであろう「悪のカトリック/善のユダヤ」という極端なイメージに流されてしまうことではないだろうか。
揺るぎない“神の意志”と、人間的道徳の“当たり前”
マルコ・ベロッキオ監督は、『シチリアーノ 裏切りの美学』(2019年)では巨大マフィア組織を多面的に描くことで、社会における善悪の境界の曖昧さを我々に突きつけた。国家や宗教、政府や運動組織を両面からフラットに見ることは必要不可欠で実際に有益だが、本作では少年期エドガルド視点の描写こそ薄いものの、ほぼ完全に被害者側に寄り添って描かれている。
もちろん愛する子どもを奪われた親の悲しみは同情すべきものだし、教会側の言い分が屁理屈にしか聞こえないのも事実だが、同時に“神の意志にのみ従う”熱意にも偽りはない。さらに、かつてのユダヤ人への抑圧(反ユダヤ主義)から目を背けるわけにもいかず、それは“被害者”となった6歳の子どもの“解放”がいかに困難であるかを訴える、怒りと悲しみと愛情が混在したクライマックスからも伝わってくる。
『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』©︎IBC MOVIE / KAVAC FILM / AD VITAM PRODUCTION / MATCH FACTORY PRODUCTIONS (2023)
本作で描かれるあらゆるものを理解しようとすればするほど、時代や民族・宗教の壁が立ちはだかり、遠い異国で間接的に強者の側に寄り添っている私たちは、ますます頭を抱えてしまう。とはいえ、こうした歴史的抑圧の帰結するところが他民族への侵略であるのならば、それは絶対に受け入れられない。一部始終を見せられているはずの我々観客が、「息子はローマで嘘を刷り込まれる」という母マリアンナの言葉を真正面から受け止めることができないとしたら、それは理を失った現代社会と無関係ではないだろう。
『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』は2024年4月26日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか公開
実話に基づいた物語『グロリアス 世界を動かした女たち』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2024年5月放送
『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』
1858年、ボローニャのユダヤ人街で、教皇から派遣された兵士たちがモルターラ家に押し入る。枢機卿の命令で、何者かに洗礼を受けたとされる7歳になる息子エドガルドを連れ去りに来たのだ。取り乱したエドガルドの両親は、息子を取り戻すためにあらゆる手を尽くす。世論と国際的なユダヤ人社会に支えられ、モルターラ夫妻の闘いは急速に政治的な局面を迎える。しかし、教会とローマ教皇は、ますます揺らぎつつある権力を強化するために、エドガルドの返還に決して応じようとしなかった……。
監督・脚本:マルコ・ベロッキオ
出演:パオロ・ピエロボン ファウスト・ルッソ・アレジ バルバラ・ロンキ
エネア・サラ レオナルド・マルテーゼ
制作年: | 2023 |
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2024年4月26日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか公開